■今日の質問「モノや条件だけで人を動かしていませんか?」

 

こんにちは。悩めるリーダーにブレイクスルーを引き起こす、人財育成コーチの森泰造です。

 

最近よく妻が、中2の息子に肩もみを頼んでいます。

1回100円で、やってもらっているようです。

最初のころは、喜んでやっていたのですが、最近では「100円じゃあなぁ……」などと言って依頼を断るシーンをよく見かけます。

 

これって、息子の中で何が起こっているのでしょう?

 

わかります?

息子の中での喜びの価値が下がっているんです。

 

最初に、妻から肩もみを依頼されたとき、息子の中にはいろんな思いが生まれたことでしょう。

 

母親とのふれあい、自分が頼りにされていること、認められた気持ち、役に立ちたい、相手を喜ばせてあげたいという貢献心など、純粋に精神的な満足を得られると思ったから喜んでやっていたんですね。

 

肩もみの後、そこに精神的な満足が得られていれば100円は必要ありません。

 

ただ、妻も労働には対価が必要という目的で、100円を渡します。

 

ところが、100円という報酬が発生すると、息子の興味は金銭的な方へだんだん移ってしまいます。

そのうち、100円を手に入れることと、テレビやゲームなど自分のやりたいこととの比較を始めます。

そしてついには、「200円だったらやるよ」などと金銭交渉を始めるのです。

 

仕事の価値が、精神的な報酬から金銭的な報酬に移ったんですね。

 

これって、職場でもよくありませんか?

 

例えば、部下が商談をまとめてきたときに必ず飲みにつれていって奢る上司。

本当は、商談をまとめたそのプロセスに、未来への学びがぎゅうぎゅうに詰まっています。

でも「商談がまとまった結果」に、酒を奢るというご褒美を毎回与えてしまうと、部下の頭の中では「結果を出す=飲みにつれていってもらえる」になり、いつのまにかご褒美が無いと頑張れない体質になってしまいます。

最近では飲みにつれていかれることを嫌がる部下も増えてきましたが、このご褒美が例えば1回目標達成するごとに報奨金が出る場合でも同じです。

 

「結果を出す=報奨金」の図式は、一見するとよさそうです。

実際にそれで、結果も出やすくなることも事実です。

優秀なビジネスマンなら、報奨金も「価値の一部」としながらも、本来自分が社会にどんな価値を提供しているかといった働きがいの部分を大切にして、見失わず行動を維持できます。

 

しかし、組織の中に「結果を出す=報奨金」が、自分が働く価値のすべてになってしまう人が現れるとどうなるでしょう?

こういった人は、報奨金のために手段を選ばなくなることがあります。

倫理上の問題が発生する可能性が出てくるということですね。

もっと、大きな問題になるのが、そのような考えの人が部下を持った時です。

 

「報奨金のために結果を出そう!」「なんで報奨金がでるのにできないんだ?」なんてことを言いだしかねません。

たまたま、こんな人が声の大きい人であったら、結果が出ている間はその人の言うことが正しいという風潮になります。

 

働く価値を、金銭的なものに寄せてしまった場合、「お金が出るから働く」となってしまい、社会に貢献する、人の役に立つ、自己成長させるといった精神的な報酬から遠ざかってしまうようになります。

なぜなら、金銭的報酬はわかりやすく、確実にもらえる報酬だからです。

 

でも、これで染まってしまうと、金銭的きっかけがないと動けないようになり、しまいには報酬の額で自分の会社も他の会社も評価してしまうようになります。

そんな社員は、会社の業績が傾いてきたりすると、真っ先に転職を考えるようになったりします。

 

精神的な報酬で動ける社員は、どんな環境になろうとも、やりがいがそこにあれば頑張ります。

 

ここまで少し極端に書きましたが、要はバランスなんですね。

 

そのバランスを考えたときに、あなたの会社では

「給料が……」「報奨金が……」といった話題と、

「人の役に立つには……」「世の中に与える価値とは……」といった話題と、どちらが多いでしょうか?

 

一度振り返ってみるといいですね。

 

アメはアメ。なめ続ければそのうち、

もっとおいしいアメを欲しがるようになります。

アメをなめなくても、頑張れる、

そんな会社や組織にしたいですね。

 

このことはお店のアルバイトの時給や昇給でも同じことが言えます。

その話は、また今度。

 

あなたは、モノや条件だけで人を動かしていませんか?

 
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